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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)9531号 判決

原告

浅野秀和

被告

島津勝

主文

被告は原告に対し、金三九万〇、九五三円およびこれに対する昭和五六年五月三〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを六分し、その五を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は原告に対し、金二五八万六、〇二三円およびこれに対する昭和五六年五月三〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和五六年五月三〇日午前八時四五分頃

2  場所 大阪市平野区長吉六反四丁目三番五六号

六反シヨツピングセンター前路上。

3  加害車 普通貨物自動車(和泉四〇き七八〇一号・以下加害車という)

右運転者 被告

4  被害者 足踏二輪自転車運転中の原告

5  態様 被告が加害車運転席側ドアーを突然開けたため、自転車に乗つて進行していた原告はこれに衝突

二  責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

2  一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告は、加害車運転席側ドアーを開けるに際し、後方の安全を確認してこれをすべき注意義務があるのに、これを怠り、後方の安全を十分に確認しないまま右運転席ドアーを突然開けた過失により、自転車に乗つて進行中の原告に、後記の損害を与えた。

三  損害

1  受傷、治療経過等

(一) 受傷

左示指亀裂骨折、左足首、膝関節捻挫

(二) 治療経過

通院

昭和五六年五月三〇日から昭和五七年一月一九日まで

(三) 後遺症

原告は、本件事故により、左示指DIP部の運動障害、同部の圧痛、左膝関節部及び左足関節部の疼痛、左足関節部の疼痛性最大背屈障害などの後遺障害を残して症状固定(昭和五七年一月一九日頃固定)した。

2  治療関係費

(一) 治療費 五万七、一一二円

上田外科病院 三、六一〇円

長吉総合病院 五万三、五〇二円

(二) 通院交通費 七万四、六二〇円

3  逸失利益

(一) 休業損害

原告は事故当時四九歳で、労務者の斡旋を業としていたが、一か月平均三五万四、一二五円以上の収入(昭和五五年度賃金センサスによる同年代男子労働者平均賃金)を得ていたところ、本件事故により、昭和五六年五月三〇日から同年一二月三一日まで休業を余儀なくされ、その間二四七万八、八七五円の収入を失つた。

(二) 将来の逸失利益

原告は前記後遺障害のため、その労働能力を五%喪失したものであるところ、原告の就労可能年数の範囲内である昭和五七年一月二〇日から二年間は右労働能力を喪失したものと考えられるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、三九万五、四一六円となる。

計算式

424万9,500円(昭和55年の年収)×0.05×1.861(2年のホフマン係数)=39万5,416円

4  慰藉料 一二三万円

通院慰藉料 六三万円

後遺障害慰藉料 六〇万円

5  弁護士費用 三〇万円

四  損害の填補

原告は被告及び自賠責保険金より合計一九五万円の支払を受けた。

五  本訴請求

よつて請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による。)を求める。

第三請求原因に対する被告の答弁

一の1ないし4の事実は認めるが、5の事実は争う。

二の1は認める。

二の2は争う。

三は不知。

四は認める。

なお、原告は、昭和五三年二月から昭和五六年五月に至る三年三か月の期間に四回も交通事故に遭つたとして、昭和五三年二月より昭和五六年八月に至る間、判明しただけでも八二七万二、七二〇円の補償を得て生活していたものであるうえ、原告の今までの事故による負傷は、いずれも軽微なものであるのに、塔乗者傷害保険金の最大補償日数である一八〇日間は継続通院治療を受けていたなど不信な点が多く、右事情は、本件事故の発生のみならず、損害の拡大についても、考慮されるべきである。

第四被告の主張

一  免責

本件事故は原告の一方的過失によつて発生したものであり、被告には何ら過失がなかつた。かつ加害車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつたから、被告には損害賠償責任がない。

すなわち、原告が加害車運転席ドアーに接触した事実はないのであるが、仮りに右接触した事実があつたとしても、被告は加害車運転席側ドアーを開けるに際し、後方を十分に確認し、後方より接触してきた自動二輪車の通過を待つて一〇センチメートル程度右ドアーを開けたにすぎないのに対し、原告は、加害車のすぐ脇を通り抜けるという危険な運転をし、かつ、前方注視を怠つた。

二  過失相殺

仮りに免責の主張が認められないとしても、本件事故の発生については原告にも前記のとおり安全運転義務違反、前方不注視の過失があるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。

第五被告の主張に対する原告の答弁

被告の主張事実はいずれも否認する。

第六証拠

記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり。

理由

第一事故の発生

請求原因一の1ないし4の事実は、当事者間に争いがなく、同5の事故の態様については後記第二の二で認定するとおりである。

第二責任原因

一  運行供用者責任

請求原因二の1の事実は、当事者間に争いがない。従つて、被告は自賠法三条により、後記免責の抗弁が認められない限り、民法七〇九について判断するまでもなく、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

二  本件事故の態様

成立に争いのない甲第五号証の二ないし七、原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

被告は、加害車に鮮魚類を約一〇〇キログラム積載し、大阪市東住吉区に所在する東部市場から六反シヨツピングセンター内にある店舗へ帰るべく事故現場(南行車道幅二・八メートル、道路左端に幅一メートルの路側帯がある)左側端に路側帯をまたぐように加害車を方向指示器もつけず停車させ、降車しようとしたが、このような場合、自動車運転者としては、サイドミラー、バツクミラーを通して後方の安全を確認し、後続車などと接触しないように運転席側ドアーを開閉すべきであるのに、これを怠り、後方の安全を十分に確認しないまま右ドアーを約三〇センチメートル開けながら後方を確認し、後方から接近してくる単車のみを認めたにすぎず、被害自転車の接近に全く気付かないまま単車との衝突を避けるべく右ドアーを閉めようとしたところ、被害自転車と接触した。一方、原告は、被害自転車を運転し、事故現場付近に至つた、方向指示器もつけずに停車している軽四輪貨物車(加害車)を認めたが、加害車がバスタイプの車両であつて、人が乗車しているものとは思わず、加害車の右側を通過しようとしたところ、急に加害車運転席ドアーが開いたため、これを避けきれず、被害自転車左ハンドルを握つていた左手が右ドアーに接触し、約四メートル前進して停止した。

三  免責及び過失相殺の主張について

右事実によれば、被告には、加害車運転席ドアーを開けるに際し、後方の安全を十分に確認しなかつた過失が認められるのに対し、原告には、本件事故現場の右の如き道路状況及び加害車の停止位置に鑑みれば加害車の右側を通過したことはやむを得ない走行としてこれを是認せざるを得ず、また、右の如き道路状況に加えて、原告において方向指示器もつけずに停止した加害車の運転席側ドアーが急激に開けられることまで予見して自転車を運転すべき注意義務は認められず、また、これを避ける暇がなかつた事故状況に鑑みれば、原告に結果回避の可能性も認められないのであるから、被告の主張にかかる免責及び過失相殺の抗弁事由は、いずれも採用することができない。

第三損害

1  受傷、治療経過等

(一)  成立に争いのない甲第二号証の一ないし五、第四号証の一ないし四、第七ないし第九号証、第一二、第一三号証、乙第一号証、鑑定結果並びに証人上田恒一、同平山正樹の各証言を総合すれば、

原告は、本件事故後、上田外科で受診したが、同外科医師上田恒一は左手指に腫れを認めたことからレントゲン検診し、その結果、原告の病名を左示指圧挫傷、左示指々骨第二関節部の亀裂骨折と診断し、三回にわたり通院治療を行つたこと、原告は同病院受診後、昭和五六年五月三〇日午後八時五〇分ごろ、長吉総合病院において更に診察を受け、同病院における検診の際には、左膝、左足首、左示指の痛みを訴えていたものの、左膝、左足首及びその関節に腫れはなく、運動制限も認められなかつたことから、長吉総合病院医師は、原告の主訴にもとづき左膝、左足に湿布を施したのみで、当日は帰宅させたこと、同年六月一日、原告を診断した長吉総合病院医師は、左示指々骨に亀裂骨折の疑いを持ち、左膝関節痛の訴えに対しては湿布療法を施し、また、のちに左足部のレントゲン検査をしたものの同月二三日に至り左足部にはレ線上の異常は何ら認められなかつたこと、同年七月に入ると左示指への物療のみが行なわれるようになり、左足には何らの施術もなされなくなつていたこと、ところが、同月一〇日には再び左膝関節部の異常を訴えるなど、原告には不定愁訴が多く、同年八月一日の診察においては、左示指についても、自動的には動きが悪いとの訴えがあつたものの、他動的には屈曲良好で拘縮もないと診断されていること、その後も左示指につき他覚的所見に乏しいのに訴えが強く、レントゲン検査をするも結果は良好であることから、同月二六日には長吉総合病院平山医師より原告に対し運動するように指示が出されていたのに原告は何ら働くことなく、物療治療のみを受けるべく毎日のように通院していたこと、ところが、原告は昭和五七年一月六日に至り、突然、左示指の完全屈曲の制限を訴えはじめ、その後一日だけ通院したのみで、同月一九日に至つて、遂に、長吉総合病院医師は、原告の訴えにもとづき原告の症状を、左示指DIP、MP部の運動障害、同PIP部の圧痛、左膝、左足関節部最大屈曲時、伸屈時の疼痛惹起の後遺障害を残して、症状固定したものと判断したこと、ところで、上田外科及び長吉総合病院において撮影されたレントゲンフイルムにおいては、左示指近位指節間関節部中節骨内側に骨変化が認められ、また、左足及び右足関節各距骨前上部に骨突出が認められる以外には左膝関節部などに特に異常は認められないうえ、右の左示指における骨変化はすでに昭和五六年五月三〇日当時固定していたものと推定されるし、右の左足及び右足の骨突出はいずれも加齢現象と考えられるところから、右の骨変化及び骨突出はいずれも本件事故に基づく外傷に基因するものとはいえないこと、しかしながら、平山医師によれば、原告の治療が長期化した理由は、左示指近位指節間関節部の外傷性関節炎の症状が存在し、これの治療に長期間を要したためであると判断しうること。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  右事実によれば、初診時に認められた左示指々骨第二関節部の亀裂骨折を疑わせる骨変化、左示指近位指節間関節部の外傷性関節炎、左右両足関節の各距骨前上部に骨突出のうち、右の左示指々骨第二関節部の亀裂骨折を疑わせる骨変化については、既応症というべきものであつて、本件事故と因果関係になく、また、左右両足関節部の各距骨前上部の骨突出の異常についても、加齢現象というべきものであるから、右の骨突出そのものは本件事故と因果関係にないものというべきであるが、本件事故のため、加齢現象が進行していた右部位への刺激がなされたことにより右部位に痛みが生じたものと推認しうるのであるから、右の痛みそのものは、本件事故との間に相当因果関係があるものというべく、更に左示指近位指節間関節部の外傷性関節炎についても本件事故と因果関係にあるものというべきであるから、原告の本件事故による受傷は、左足の関節部の疼痛及び左示指関節部の外傷性関節炎に限定され、右以外の症状は本件事故による受傷とは認められない。

また、右の如く左足関節の距骨前上部の骨突出そのものが本件事故と相当因果関係にないうえ、左足への湿布療法及びシーネ固定も昭和五六年六月のみであつて、同年七月からは、同部位に対する治療がほとんど行なわれていない治療経過に照せば、原告の後遺障害と診断されたもののうち、左膝、左足関節部の最大屈曲時、伸屈時の疼痛は、右の骨突出に基づくものとして、本件事故と因果関係になく、そうすると、本件事故と因果関係にある原告の後遺障害は、左指示指近位指節間関節部の外傷性関節炎による左示指DIP、MP部の運動障害及びその疼痛に限定されるものというべきである。

ところで、長吉総合病院医師平山は、原告の症状固定時期を、昭和五七年一月一九日としているが、右症状固定時期は原告の訴えに基づくものであつて、原告に対する前記の如き治療経過をみると、左示指近位指節間関節部の外傷性関節炎への治療のためその期間が長期化したものとはいいうるものの、同年八月一日の長吉総合病院における診察では左示指につき他動的には異常が認められなかつたというのであり、その後も右部位につき他覚的所見に乏しいのに原告の訴えが強かつたこと、同月二六日には、平山医師より原告に対し運動をするように指示がなされていることが認められ、更に同年七月からは左示指への物療治療のみがほぼ毎日の如く行なわれていた治療経緯などに昭せば、原告の症状は、遅くとも、昭和五六年一〇月三一日頃には左示指近位指節間関節部の外傷性関節炎に基づく左示指DIP、MP部の運動障害及び疼痛を残して症状固定したものというべきである。

2  治療関係費

(一)  治療費

成立に争いのない甲第四号証の一、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一一号証の一によれば、原告は、国民健康保険を使用して上田外科及び長吉総合病院において治療を受け、原告の自己負担分として上田外科に対し、三、六一〇円、長吉総合病院に対し、三万七、三二八円(但し、昭和五六年五月三〇日より同年一〇月三一日まで)を要したことが認められ、右金額を超える分については、本件事故と相当因果関係がない。

(二)  通院交通費

原告本人尋問の結果及び前掲甲第四号証の一、甲第七号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故による傷害治療のため、上田外科へ一回分二六〇円及び長吉総合病院へ一〇〇回分五万二、〇〇〇円の通院交通費を要したことが認められ、右金額を超える分については本件事故と相当因果関係にない。

3  逸失利益

(一)  休業損害

成立に争いのない甲第三号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当時、自ら乗用車を運転して、近畿各地、東海、北陸方面において、土木建築現場に人夫を斡旋手配することを業とし、一か月平均三五万四、一二五円以上の収入(昭和五五年度賃金センサスによる四九歳男子労働者平均賃金)を得ていたが、本件事故により左示指近位指節間関節部の外傷性関節炎の傷害を受け、通院治療のためその休業を余儀なくされたものの、原告の職業、傷害の部位、程度、治療経過などを総合すると、昭和五六年五月三〇日から同年一〇月三一日までの期間のうち、五〇%にわたつて休業を余儀なくされたものというべく、その間合計九〇万二、二五五円の収入を失つたことが認められ、右金額を超える分については、本件事故と相当因果関係にない。

計算式

1万1,642円×155日×1/2=90万2,255円

(1日の収入、円未満切捨て)

(二)  将来の逸失利益

原告の職業、年齢および前記認定の受傷並びに後遺障害の部位程度によれば、原告は前記後遺障害のため、昭和五六年一一月一日から少くとも二年間、その労働能力を五%喪失するものと認められるから、原告の将来の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、三九万五、五〇〇円(円未満切捨て)となる。

計算式

35万4,125円×12×0.05×1.8614≒39万5,500円

4  慰藉料

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容程度、原告の職業、年齢その他諸般の事情を考えあわせると、原告の慰藉料額は九〇万円とするのが相当であると認められる。

第四損害の填補

請求原因四の事実は、当事者間に争がない。

よつて原告の前記損害額合計二二九万〇、九五三円から右填補分一九五万円を差引くと、残損害額は三四万〇、九五三円となる。

第五弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は五万円とするのが相当であると認められる。

第六結論

よつて被告は原告に対し、三九万〇、九五三円およびこれに対する本件不法行為の日である昭和五六年五月三〇日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂井良和)

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